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宮崎地方裁判所 昭和34年(ワ)74号 判決

原告 高梨輝次

被告 国

訴訟代理人 熊谷英雄

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

原告の本訴請求の趣旨及び原因は別紙に記載したとおりである。

思うに、刑事訴訟法第四百九十条第一項に定める執行に関する検察官の命令は、民事訴訟法の規定する本来の意味における債務名義ではなく、執行の便宜のため、右条項の規定によつて特に執行力ある債務名義と同一の効力を与えられたもので、それに表示せられている給付義務の存在及び範囲は専ら刑事訴訟法の定める手続によつて形成されたものであるから、右給付義務の存在及び範囲を争う場合には、刑事訴訟法の規定する不服申立の方法によるべきで、民事訴訟法の規定する請求異議の訴によることは許されないものと解するのが正当である。

右検察官の命令による執行について民事訴訟に関する法令の規定を準用する旨の同条第二項の規定は、執行の手続に関するものであつて、債務名義たる検察官の命令に表示せられている給付義務それ自体すなわち実体関係の争いについてまで右法令の規定を準用する趣旨ではない。

されば、原告名義の保釈保証書が無効であるとして、検察官の納付命令に表示せられた納付義務の不存在を主張する原告の本件請求異議の訴は不適法なことが明らかであるから、これを却下するものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 長友文士)

(別紙)

請求の趣旨

被告からの原告に対する福岡高等検察庁宮崎支部検察官検事西向井忠実の保釈保証金一五〇、〇〇〇円没取の執行力ある納付命令(原票昭和三三年第一号)にもとずく強制執行はこれを許さない訴訟費用は被告の負担とする

との御裁判を求める。

請求の原因

一、原告は、昭和三三年七月に、福岡高等検察庁宮崎支部より没取金一五〇、〇〇〇円を納付せよとの検察官の命令を受けたのであるが、これについては、原告としては全く心当りがなく、どのようないきさつによつて右命令が原告に対して発せられるに至つたものか不明であつたから、早速右検察庁に照会したところ、同検察庁西向井忠実検事より次の事情を知ることが出来た。

二、すなわち、福岡高等裁判所宮崎支部に於て、訴外被告人坂井重良にかかる詐欺被告事件につき、昭和三三年七月八日に、同裁判所昭和三三年(乙)第一〇六号の

昭和三二年一〇月一五日当裁判所がなした保釈決定の保証金三〇〇、〇〇〇円(内金一五〇、〇〇〇円は高梨輝次の差し出した保証書)はこれを没取する。

との決定がなされ、右決定にもとずいて、前記検察官の命令が発せられたものであるというのである。

三、ところで、前記決定によれば、被告人坂井重良が保釈決定を得るについて、金一五〇、〇〇〇円の原告名義の保釈金保証書が差し出されている由であるが、然し乍ら、原告としてはこのような決定を受け金一五〇、〇〇〇円を没取されるべきいわれは存しないすなわち、原告は被告人坂井本人はもとより、右被告人の保釈請求者たる同人の弁護人松村鉄男及び中野博義からも、被告人の保釈請求に関し相談を受けたこともなければ、勿論保釈金を差し出すことを許諾して本件保証書を作成するはおろか、そのため原告の印鑑を与えた事実も全くないし、或いは、あらかじめ保証書を差し出すことを承諾した上、ありあわせの原告名義の印鑑を使用して保証書を作成してよいとの許諾を与えた事実もない。

従つて、前記保証書なるものは、被告人若しくは他の誰かによつて、原告の印章を偽造冒用の上、偽造されたもので、これを行使して、こともあらうに裁判所を誤信せしめて保釈許可決定を得たものと考える外はないのである。

四、以上のとおりで、真正に原告の真意にもとずかず、また原告の作成したものでない偽造の保証書は、保釈金一五〇、〇〇〇円保証の意思表示として明らかに無効のものであるから、右保証書にもとずき前記裁判所の没取決定によつてなされた検察官の没取金一五〇、〇〇〇円の納付命令は債務名義としての効力を有せず、無効のものであり、その命令にもとずく原告に対する強制執行はこれを許されないものと信ずる。

五、原告は先に、昭和三三年八月二九日、前記裁判所の没取決定に対し、同裁判所に異議の申立をなすとともに、執行停止決定を得たものの、昭和三三年一一月六日同裁判所より、右原告からの異議申立は、原告が、刑事訴訟法第三五二条にいう「被告人以外の者で決定を受けた者」に該当しないとの理由で、事案の実質につき審理されることなく、棄却され、昭和三四年二月に至つて、検察官より再度納付の催告を受けるに至つているが、前述の次第で、本件納付命令による強制執行を排除するため、この訴を提起する次第である。

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